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聖書
- 2013.06.01
6月の聖句
信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を、確認することです。
ヘブライ人への手紙 11:1
以前、同じキリスト教主義の学校である、新潟県の敬和学園高校で、聖書科教師の研修会が開かれて参加したことがあります。この学校では、毎朝礼拝堂に全校生徒が集まり、そこで出席をとって一日が始まります。新潟市の郊外に位置するため、市内や近郊の町々から、大半の生徒たちは学園のバスで通学してきます。交通事情によってバスが遅れる時には、全校の生徒は礼拝堂に座り、そのバスが到着するのを待ってから礼拝が始められます。(もちろん送れる度合いにもよるでしょうが)。
礼拝の司会は全生徒が順番に担当するようです。全校の生徒の前に立つなんてとんでもないと思う性格の生徒たちにも、かならず順番が回ってくるのだそうです。場面寡黙ぎみの生徒が司会に当たった礼拝で、なかなか声の出ない生徒が、たどたどしく司会をしたことがあるそうです。そんな時、生徒も先生も心の中で「がんばれ!」という気持ちで、ずっとその生徒がつっかえつっかえ聖書を読んだり、礼拝進行の係りを務めるのと見守ったのだと、小西校長が話してくださいました。
生徒たちが様々なハードルを乗り越えて成長していく様子を、全校が見守り励ます、そのような機会としても礼拝が大切にされている様子でした。
共愛学園の礼拝も、そんな気持ちの通い合う時間となっていくことを、皆さんで目指していければと願っています。 (宗教主任)